| 日近太鼓 |
| 要旨 | ・額田町の位置 ・額田町の特徴 ・日近太鼓のきっかけ ・抱負 |
| 私たちの額田町は、岡崎市を中心とした西三河の、東北部に位置し、東名 高速道路 岡崎インターチェンジより車で30〜40分と比較的大都市圏からも 容易に訪れることが出来ます。 山村特有の第一次産業構造により高度経済成長時代の大規模開発の波に 洗われる事も無く、山林に囲まれた、自然環境豊かな西三河の奥座敷と言わ れ、景勝地も多く、貴重な自然や文化財・伝統がそのまま今も残っている素 晴らしい町です。 日近太鼓は町北部に、山家三方衆と言われた名将 奥平氏三代 貞昌が築城 したと伝えられる。日近城址に因んで名付け、当時のままで今も残されている 土塁・曲輪・堀切等歴史を物語る遺産も数多く、額田町の文化財を太鼓を通 して多くの人達に知っていただき、日近城の麓を流れる乙川 かおれ渓谷を 額田の顔として「日近の里つくり」を進め広域的に広めると共に後世に残し 伝えてゆきたい。 | |
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| 熱演中の日近太鼓 |
| 日近太鼓 かおれの清流 曲想 (作曲 蟹 一夫) |
| 日近太鼓 かおれの清流の曲想について少し触れさせて頂きます。 岡崎市の中心に流れる菅生川の上流を約20キロ程遡った所に日近太鼓の故郷 奥平領日近太鼓の里、額田町桜形です。 ここを流れる乙川の清流がかおれ渓谷です。そのかおれ渓谷が 水滴の一つ 一つが集まり乍、清流となり大河となって、大海に注ぐ様子を表現しております。 前半では日近の里に夜明けが訪れ 朝を迎え活発に活動をしている様子を表現 し、後半にかけて水滴の一つ一つがトントントンと集まり ドドドントと岩に砕け散 りながら 清流となって流れ下り 大海の大波にドドドド・ドンと流れ込む様子を表 現しており そんなイメージで聞いていただければと思います。 |
| 日近太鼓 日近合戦太鼓 曲想 (作曲 蟹 一夫) |
| 額田町史に残る日近の歴史を題材に日近合戦太鼓で紐解いて見ました。 時は戦国、東に今川義元、西に織田信長さらに北に武田信玄と列強大名の狭間 に繰り広げられた。壮絶な勢力争いが ついに山家三方衆にも飛び火し、後の 徳川家康・松平元康による日近城責め「日近合戦」を、日近合戦太鼓として、語り と太鼓で表現致します。 |
| 第一章 | 日近の里 | 迫り来る戦いへの緊張 |
| 第二章 | 開戦大林の陣 | 松平軍の来襲と日近勢城へ集結 大林の陣で 日近勢 城へ退去 落城寸前で奇跡の勝利 |
| 第三章 | 決戦日近城 | 落城寸前で奇跡の勝利 |
| 第四章 | 日近城断絶 | 勝利後 今川義元より日近領を受領 するも三代目藤左衛門の松平壱岐 守へ士官により日近断絶 |
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| 美男美女揃いのメンバー 日近太鼓は6年目を迎えることが出来ました。 発足当初の13名に加え 新人9名 子供7名の所帯に育って おります。 私どもの売りは 別嬪揃いであるということ。 西へでも 東へでも 喜びの太鼓 打ち鳴らしに参ります。 御気軽に お声を掛けてください。 |
| 催しガイド |
第6回 日近の里太鼓フェステバル
場所 愛知県額田郡額田町大字桜形地内
かおれ渓谷特設会場
時間 第1部 午後6時開演
第2部 午後7時開演
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